瑕疵調査と扇動家

以前、このような事を考えていました。

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建築には、生命・財産の容器としての安全性、街並みを構成する要素としての形態、生活を支える環境としての快適性能、資産・社会資本としての価値の確保、そしてステイタスを物語る意匠など、多くの与条件が付される。かつて、消費者はこれら諸条件を、良識をもってバランスよく発注し、生産サイドは持てる能力を惜しみなく投入する事でこれに応えてきた。
然るに、今日我が国で多発している建築紛争は、建築に対する不信を煽り、市民社会を混沌に陥れ、建築から文化という誇りを奪い去ろうとしている。

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瑕疵担保法がスタートして、問題を抱えた新築住宅は減少したように見受けられます。
それでも、研鑚を忘れた技術の稚拙、独善ともいえる独自理論の展開、建築関連法令に適法である事を奇貨として配慮という名の美徳を置き去りにした「瑕疵調査」は、まだまだ後を絶ちません。そしてその陰には、扇動家とも言うべき存在が否定できないのです。
今回は、彼ら扇動家たちの扇動家たる所以をご紹介しましょう。

防水層の欠落を指摘したA氏
漏水に苦しむ建物がありました。仮にBと呼びます。
RC造の外壁には悲しくなる程の白華がありますし、バルコニーに出るテラスサッシからは、雨が降ると水が入ってきます。天井扇やダウンライトからは、ポタポタと水滴が落ちます。台風が来たときには眼も当てられない状況です。建てた工務店は、知らんぷりを決め込んでいた訳ではありません。個人的な印象を言えば、かなりの対応をしてきたように感じられたのですが、それでも漏水は止まらなかったのです。
工務店は、設計自体に問題があると考えていました。工事中から「?」だったそうで、それを建築家に投げかけましたが、決められた工程もあって功を奏しませんでした。建物Bは悲鳴を上げ、他の工務店による大改修を決断し、漏水調査に定評があると噂のA氏に調査を依頼しました。

A氏は、簡単な調査を経て、ルーフバルコニーの防水の再施工を指示しました。その理由は「防水が施工されていないから」です。
ルーフバルコニーは小規模ではありません。工務店はいぃ加減な施工をする会社とは思えませんし、建築家が作成した納まりスケッチは数十枚に昇りますから、監理も半端ではなかったと推定されます。常識的には防水層が無いとは考えられません。そこで、A氏の調査報告書を見せて貰いました。破壊調査もせずに、どうやって防水層が施工されていない事を発見できたのか興味津々だったのです。

設計図書に依れば、ルーフバルコニー床面は「アスファルト防水の上、押えCon(豆砂利洗い出し)」です。排水溝には大きめの玉砂利が撒かれ、背の高いストレーナ(ドレインのカバー)だけが見えています。A氏は、この玉砂利を除けて排水溝を顕わにしました。排水溝は、つまりは押さえConに設けられた排水溝は、至極当たり前の状況なのですが「ここに防水層が見えない」からという理由で「防水層の欠落」を指摘したようです。
読者諸兄には「えぇっ?」でしょうし、筆者にも訳がわかりませんでした。写真で示された排水溝は押え層に設けられた凹みで、その下にはきっと防水層があるはずです。建物調査には既成概念を排除して臨まなければいけないことは承知していますが、もし押え層の下の防水層が無いというなら、その前に押え層をはつる等してでも確認すべきではないでしょうか。
もう少し、A氏の調査報告書を読み進みむと、屋根防水の項にあたりました。実は、A氏が調査する前に既に屋根防水を改修しており、A氏は、その工事記録写真に基づいて「防水下地の杜撰」を指摘しているのです。(どうやらA氏は、漏水の原因は防水層にあると思い込んでいるようです)

屋根は断熱シート防水で、記録写真には、断熱材を5㎝□程度正方形にカットされている写真が掲載されていました。A氏の注釈では「改修工事で発見された下地の杜撰」と。つまり(新築工事の時のハナシです。念の為)防水層下の断熱材に5㎝□の穴が開いていて、それをそのままにして防水層を施工しているから、非常識極まりない防水工事だと言うのです。
「んな馬鹿な!」でしょ。でもA氏は至極まじめに「このように大きな穴が見落とされていることは、防水工事業者がいい加減なだけでなく、請負者の管理不行き届きだ」と言うのです。
どぅ考えても「んな馬鹿な!」です。現場の不注意による穴だったらこんなに綺麗な正方形ではないでしょうし、穴が空いた下地に平然と施工する防水業者があるでしょうか。試しに、A氏の報告書に掲載された写真をスキャナで取り込んで拡大してみました。そうすると、この正方形がいやにキッチリとカットされていて、カッターナイフで切り取られた跡が見て取れます。そしてその脇に、今まで見えていなかった「糸屑」のような影が見えました。更に拡大すると1mm程の太さでくるくる巻いています。その色がシートと同じなので、小さな写真では見えなかったのです。

この正方形は、屋根の改修工事担当者が、断熱材の状況を確認するためにカットしたものではないでしょうか。だから、シートの屑が映っているのでしょうし、キッチリとした正方形だったのではないでしょうか。

A氏は権威者であることを自称しています。自らの実績を過度に表現することを嫌うのが私たちの業界ですから、そんな中でA氏のアナウンスは、一般市民には随分心地よく感じられるでしょう。そして頼りたくなるでしょう。
でも、同じ建築士としては、ここまで恥ずかしくなるような間違いは控えて欲しいものです。

実は構造を知らなかったC氏

マンションの跳ねだし通路の出隅が下がるという事故がありました。事業主は陳謝し、すぐさま補強工事を行ないましたが、住まい手には「他の部分は大丈夫なのか」という不安が残りました。事業主は、研究機関や大学に依頼して調査すると申し出たのですが、事業主が依頼したところは信用できないとして、管理組合が独自で依頼することになりました。
管理組合の理事がインターネットで探し当てたC氏に、電話で「構造の瑕疵の疑い」を伝えると、C氏は助手を連れてすぐさまやってきました。そして管理組合がひと通り建物を案内した後、C氏は、管理組合にとっては案の定というべき回答を口にしました。「仰るとおり、構造の瑕疵の疑いが濃厚ですね」同時に「瑕疵を特定するには相当詳細な調査が必要」とも言いました。管理組合は「ごもっとも」と思い、費用がいかほど必要かを訊ねたところ「管理組合が負担すべきではない。予備費がおありかもしれないが、相当高額になることと、そもそも瑕疵の疑いがあるから調査するという趣旨からすれば、費用は事業主が負担すべきである」と言われ、理事たちは内心ホッとしました。

管理組合は、ヘタをすれば訴訟になるかもしれないと思っていたので、調査費用を事業主に負担させることに異論が出ましたが、C氏は管理組合で負担できるような金額ではないと匂わせています。理事の一人が単刀直入に尋ねました。「事業主に費用負担させたら、万一の時に訴えにくいだろうか」と。C氏は「訴訟するより、改修させることを主眼に置くべきだ。改修方法は私が提案するし工事も指導する。何より、私が調査すれば事業主は否とはいえないはずだ。私は、瑕疵調査の分野ではそれなりに名前が通っている。なんなら事業主と交渉してあげてもいい。」

「大した自信だ!」と理事たちは思いました。そして調査費用の負担を事業主に求めました。

事業主はしぶしぶながらもこの要請に応ずると回答し、見積書等の提示を求めたところ、管理組合はまだ入手しておらず、C氏と直接連絡を取り合って欲しいといいました。
数日後、C氏から事業主宛に見積書が送付されました。金額としては想定内だったので、それで瑕疵が特定できるのか多少疑問ではありましたが、管理組合の理解を得ることが重要だと思い、詳細を訊くことも無く了承しました。

C氏は、建物周囲に足場をめぐらせ、長期間多くの人員を配して調査しました。でもこれは所謂外壁調査のようで、結果として提出された調査速報を見ても、管理組合が心配している構造の安全性を確認するための調査とは思えません。C氏に申し出ると、「これから内部の調査を始めるところだ。あんまり先走って貰っては困る!」と居丈高な返事が返ってきました。
事業主は、黙って調査を見守っています。

数ヶ月して、C氏からようやく調査報告書らしき書類が提出されました。けれど、住戸内部の床レベルを計測した数値を羅列しただけのもので、考察はありません。ただ「床スラブの随所にゆがみが見られる」とあるだけです。理事長が「それで、構造的にはどうなんですか?」と問い合わせると、「これから構造計算する。その後でないと何とも云えない」のだそうです。「まだこれから構造計算するの?」と、理事会も少し疲れてきました。同席していた管理会社(事業主の系列)は思わず「一体どれだけ費用がかかるんでしょう?」と漏らしてしまいました。

事業主は、住まい手の数人から、調査の様子を聞くことが出来ました。床は上げ床でカーペットを貼ってありますが、カーペットも上げ床も外したことは無いそうです。こんな調査結果で、建物の構造を確認できるのかしらと、かねてから相談していた研究機関に問い合わせたところ「これじゃなんにも判らないと思いますよ」とあっさり言われてしまいました。
C氏が最初に行なったのは、外壁の劣化調査でした。次に行なったのは単なる仕上げ床のレベル計測で、そこから何も読み取ることは出来ません。

理事会のメンバーたちは気付きました。C氏が大規模な調査を行ったのは、その手数料を目的としていた可能性が感じられたのです。不況が長く続き、毎月、スタッフの人件費支払いにおびえる状況は察して余りあるところがありますが、依頼者と費用負担者が相違すると言う特殊な状況を演出した上で、本旨から外れた調査を行なって巨額の費用をせしめるというやり方は、決して褒められたものではありません。C氏が、ある種有名な存在である事は事実ですが、であればなおさら、今後は自重していただきたいと思う次第です。

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