新築住宅の、なぜか改修工事

物静かで上品な奥様。

北摂の住宅地に、有名ハウスメーカーに依頼して一戸建て住宅を建てた。神経痛の持病があり、ちょっと奮発して全館空調を頼んだ。

初めての冬が来て、床暖房もつけているけれどどうも冷えるなと思い、ハウスメーカーに問い合わせても、あまり良いとはいえない対応を繰り返すばかりだったので、空調機のメーカーに電話したらすぐ来てくれた。機械の調子はどこも悪くないといい、「断熱性能が悪いんじゃないですかねぇ」と言って帰ってしまった。

そのとき気付いた。建てる時に頼んでいた性能評価はどうなっているんだろう?

またハウスメーカーに電話して尋ねると、「そのようなお申込は頂いておりません」という。彼女は、海外で所帯を構える娘にこの家を残したかった。というより、自分が死んだら娘がこの家を売ればいいと考えていた。それで、資産価値を高くしておきたかったから、性能評価を依頼したつもりだった。

ハウスメーカーから「今となってはどうしようもない」といわれたが、諦めがつかない。折り良く来た銀行の外交に相談したら、数日後、カラー印刷の書類を持ってきてくれた。
「インターネットで調べたら、こんな会社があるんです。性能評価がどぅのこぅの書いてあるようですし調査もしてくれるようですから、一度話を聞いて見られたら如何ですか?」

電話したら、1週間ほど後に来てくれた。銀行の外交が見せてくれた書類に出ていた××先生らしい。
なにやら沢山の機材を持ってきていて、あちこち色々調べてくれている。彼女が抱いた疑問は空調と断熱のことなのに、外部にも随分時間をかけて調べている。ほぼ一日がかり。
作業を終えたようなのでお茶の用意をしていた彼女に、××先生が「随分傾いていますね」 いきなりそう言った。
「この家、傾いているんですか?!」驚いた。
「まず、外壁が傾いています。それから床も。このまま放置すると危険です。改修させないといけません」
「でも、まだ1年も経っていないんですが」「そんな事関係ありませんよ。瑕疵のある住宅は、すぐに傾く例もあります」
「でも、今までまったく気付きませんでしたけれど・・・」
「若い方なら敏感ですけれどね、まぁ個人差もありますが、これは酷いですよ」
頭が真っ白になって立ち尽くす彼女の前で、調査につれてきていたスタッフらしき人間達と小声で話している。
「よく、僕のところにお電話をいただけた。僕でよかった。他所の連中だったら発見できなかったと思うよ」
狐につままれた気分で、コーヒーを勧めた。
「僕のことを、どこでお知りになったのか知りませんが、よくご連絡を頂いたことです。この家の瑕疵はなかなか難しい。」
「瑕疵・・・ですか!」
「でも、僕は瑕疵調査に慣れていますからね、僕の目はごまかせないんですよ。早急に改修させないといけませんよ」
「でも、改修させないといけませんって仰られても・・・」
「この家は○○ホームですよね。僕はあそこの役員と懇意にしていますから、交渉してあげましょうか。何度かこの会社の瑕疵改修を指導しましたが、僕の言うことだったら聞いてくれます。」

なんて親切な人だろうと感激し、「お任せします。よろしくお願いします」と依頼した。

しばらくたった土曜日、東京からその役員がやって来た。
「平日は会議ばかりでなかなか会社を出られませんで、遅くなりました」と丁重な挨拶の後、「××先生からお話を聞いてびっくりしました。弊社のお客様にこのようなご迷惑をおかけするとは、誠に申し訳ございません。すぐにでも改修させていただきます。」
彼女には、家が傾いているといわれても未だに分からなかった。ただ暖房がきっちりできればいいのだけれどと思ったが、役員が、しかも東京から飛んでくるというのは並大抵の問題じゃないのだろうし、皆が大問題だというのだからそうなのだろうと、自分を納得させた。
「僅かな間ですが、仮住まいに引っ越していただかないといけません」
「えぇっ!引っ越すんですか!」
「お住まい頂いている状態ではなかなか難しいものがあります。それに危険ですしね。どこかお心当たりはお在りですか?」
「はぁ。近所に今まで住んでおりました家がそのままで」
「そうですか、では出来るだけ早く引っ越していただいて・・・」
横で聞いていた××先生が「僕がきっちり指導しますから、ご安心下さい」という。
「で、どれくらいかかるんですか?」
「ま、3ヶ月くらいでしょう」
「3ヶ月も!?」

引っ越してすぐに工事が始まったようだ。お医者に薬を貰いに来たついでに寄ってみたら、家の周囲にぐるっと足場とシートが設けられていて、中の様子は分からなかった。静かなので、今日は作業は休みかしらと思ったが、危険だと聞かされていたので近寄らなかった。

約束どおり3ヶ月程たって完成した。東京からまた役員が来て、
「永いことご苦労をおかけしました。今度は完璧ですから、安心してお住まい下さい。いや、完璧というより、以前より高性能になったかもしれない位ですので」
「ご親切に有難うございました。費用のほうはどの様にさせて頂いたらよろしいのでしょう?」

「何を仰るんですか。ご迷惑をおかけしたのは弊社ですから、費用をご負担いただこうなどとは考えておりません。」
「でも、なんだか大工事だったみたいですし・・・」
「いやいや。本来なら、仮住まいや二度のお引越し費用もこちらでご負担しなければいけませんのに、甘えさせていただけるだけで充分です。」
「でもそれでは・・・」
「いや本当に。こんなことがマスコミに知れたら、下手をすれば事業本部長の首が飛ぶかもしれません。その前に、××先生に厳しいご指導を頂くことができましたので、私共としては大変ありがたいことだと思っております。」
「でもそんな訳には・・・」
「そこまで仰っていただけるんでしたら申し上げますが、・・・。××先生のことなんですが、弊社からは勿論ご指導いただいた費用をお支払いたしますが、奥様からも何がしかの御礼をしていただけると有り難いのです。なにしろあの先生は瑕疵の調査に関しては第一人者で、でも消費者の味方だと仰ってボランティアで動いておられましてね」
「それは勿論させていただきます。でも如何ほどお支払したらいいのかわかりません。教えてくださいな」
「そうですねぇ、先生が現場に来られたのは週一度ですが、その間に弊社の現場監督に先生の事務所でご指導いただいておりますので、ざっと月8回。これが3ヶ月ですから24回ですね。」
「24回と言われましても、1回如何ほど・・・」
「若手でしたら5万円くらいでしょうが、××先生ほどになると・・・もぅ少しお高いんでしょうなぁ。しかしね、弊社からきっちりお支払いたしますので、奥様はお気持だけでいいんじゃないでしょうか」
「承知いたしました。」
「あの先生にこうして弊社の瑕疵を見つけていただいたから、奥様にも穏便に済ませていただけたわけで。こんなことがマスコミに漏れたら、うるさいですからねぇ。特に最近は株主がねぇ・・・」

という次第で、彼女はこの家に戻ってきた。
隣の奥さんが「どうしてたの?」と聞いたが、役員が言っていた「マスコミに漏れたら・・・」が気になり、詳しくは語らず「ちょっと工事してもらってたの」とだけ言った。
「そぉ。足場が出来てたからね、外壁でも取り替えるのかしらって主人と話してたんだけど、外壁は・・・替わってないよねぇ。」
「えぇ、外壁じゃないのよ」
「そぉか、内部をさわってたんだ。でもさぁ、最近の工事って凄いよね」
「何が?」
「昔はさぁ、ちょっといじるって云っても凄い埃と音だったでしょ。でも静かだったわよ。工事やってるなんて思えなかった。」

元通りの生活に戻った。
内外装の色味は以前と寸分違わない。照明器具も全て元通りに設置されている。あんな大工事をやったなんて信じられないくらい。さすが大手メーカーね。
次の秋が来た。全館空調をONにしとかなきゃぁとスイッチを入れた。でも今夜は冷えるな。
翌日も、冷えがこたえた。空調、効いてないわ。また空調機のメーカーに電話した。といっても今度はメンテナンス部門だ。すぐ来てくれた。
「前回訪問させていただいた時の記録には、断熱不足の可能性有りと書いてあるんですが。」「えぇ。でもね、大改修して下さったから、もう大丈夫だと思うんですけれど・・・」
「大改修?」
「そうなんです、ここを建てたメーカーがね、無料で大改修して下さったんですよ。」
誇らしげに言った。
しかしそのメンテナンス担当者はきょとんとした表情でこぅ言った。
「断熱不足というより気密の不足ですね」
「気密って?」
「隙間風が無いという意味です」
「それなら、外側を足場ですっぽり覆って改修してくださったんですから・・・」
「どこを改修されたんですか?」
「どこって・・・」
「ほら、ここに手をかざしてみてください。風を感じるでしょ。隙間風でしょ」

同窓会で、弁護士をやっている同級生に出会ったので、一連の不思議を話した。弁護士は「俺は建築はわからん。建築士に見てもらうといいよ。」と、知り合いの一級建築士を紹介してくれた。
一級建築士は、弁護士から詳しい話を聞いていなかったので、最初に1時間ほど、いきさつを話した。
「傾いていたの?」
「そう言われました」
「あなたは傾きを感じていなかったの?」
「私、鈍感らしくって」
「今は直ったの?」
「そう仰ってました」
「どこが傾いていたって?」
「外壁も床も・・・って」
「ふぅん」と云いながら、建築士は水準器という物差しを床に置いた。
「うん、少しだけ傾いているかな。でも傾きというより波うちかもね」

今度は壁に当てて、
「壁もちょっと歪んでるかな?」
外に出て、三脚のついた機械で外壁を見ている様子。
「外壁も極僅かに傾いているけれど、施工誤差の範囲かもね」
と云いながら、外部をぐるっと廻って観察した。
「基礎も異常ないし、一体どこを改修してもらったの?」
「・・・?」
「改修工事に3ヶ月掛けたんですよね。でも基礎も外壁もさわった風には見えないし、屋内も、歪んでるといえば歪んでいて、つまり改修した痕跡が見えないです」
「はぁ・・・?」
「建築の瑕疵以外の問題があったかもしれないですね。弁護士さんに報告しときます。よく相談なさったほうがいいですよ」
と言い残して、建築士は帰った。
「建築の瑕疵以外の問題があった・・・?」
彼女は釈然としないまま戸締りをし、床暖房を高温に設定して夕飯の支度にかかった。

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