マンション漏水騒動顛末記

築後10年になろうとしているマンション。4年目から最上階住戸の一部に漏水が発生し、施工者は即座に補修に動いた。が、漏水は収まる気配を見せなかった。

今回は、この漏水事故が収束するまでの顛末記である。
最初の漏水からすると、解決までに5年を要した。この間、管理組合にも施工者にも種々の混乱があった。紆余曲折という言葉とは程遠い壮絶な経過を乗り越え、収束にこぎつけられた双方関係者のご努力に、心から敬意を表するものである。

なお、この文章は15,000字と少し長いが、ご容赦願いたい。

【漏水の発覚】
最上階住戸の一室。
新築4年目晩秋の深夜、ポタポタという音で目覚めたA氏が、天井照明のスイッチをONした。器具はガラス製の上向きの皿状で、内蔵されたサークラインの光が、一部はガラスを通して下に、また一部は天井面を照らして反射光が得られるというもの。眠い眼をこすりながらガラスの皿を見上げると、そこに褐色の液体らしきものが溜まっていてポタポタ音の都度揺らいでいるように見える。
「まさか・・・?」とは思ったが、椅子に昇って器具をはずした。少し重みが感じられる。妻も起きてきたので、洗面器を持ってこさせ、皿に溜まった液体を空けた。ウーロン茶と見紛うものだった。

【初期段階】
A氏は翌日管理組合に漏水があったことを告げ、管理組合は施工者に連絡した。
連絡を受けた施工者は現場に急行し、屋上露出防水のパラペット立ち上がり部分のコーチングの劣化を疑った。ここから防水層内部に雨水が浸入し、屋根スラブのクラックを通過して天井に到った・・・と。
A氏も管理組合も早期の補修を希望し、施工者の推測に基づいて、下記の補修が行なわれた。
・ 防水層ジョイント部の隙間にシール材充填
・ 立ち上がり端部にシール材充填
・ ドレイン周囲の防水層を切開し、排水状況を確認
ウーロン茶様の液体については、施工者が検査機関に分析を依頼した。報告された分析結果は「鉄などの金属化合物が少量含まれる可能性はあるものの、特定には到らなかった」というものだった。管理組合は、液体の褐色が鉄筋の錆び色に起因するのではないかと心配していたが、一応は払拭された。

【再度の漏水】
翌年(新築後5年目)の梅雨の初め、再度漏水があった。施工者はすぐに調査し、横引きドレインの下端に空洞を見つけた。(※)
※ この建物ではパラペットの外側に庇があり、横引きドレインは屋根の雨水を庇に排出するための連通管だった。図面上、庇の水下(鼻先)は屋根スラブ水下より50mm低く設定されていたが、これではドレイン下端と庇の水上はほぼ同面にならざるを得ない。
施工者は、一旦庇上に排出された雨水がこの空洞から屋根面に逆流したと推測し、この空洞にシール材を充填した。
この調査で、クラックだけでなく電気配管のエンドからの漏水も確認していたが、防水層の補修とドレイン空洞部の充填で、漏水は解消できると判断していた。2度目の漏水であることから、今後の経過観察のために天井点検口を設け、念のため、天井内部にまさかの漏水を受けるトレイを置いた。

【3度目の漏水】
秋になって、A氏宅で三度目の漏水があった。
施工者はその日のうちに現場に赴いた。天井内に設置していたトレイには水が溜まっていたが、屋上の防水層やドレイン周りを点検しても不具合は見られなかった。つまり、「よくわからない」状態ではあったが、
・ 露出防水のジョイント部に増し貼りし、
・ 改修ドレーンを設置し、
・ 屋根スラブのクラックには、室内から樹脂を注入
という方法で補修した。

【B氏宅で漏水】
2年後(新築後7年目)、A氏宅から数軒隣のB氏宅で漏水があり、ここでもウーロン茶様の液体が採取された。連絡を受けた施工者はその日のうちに現場に行き、応急措置として屋上にシート養生した上で改めて調査したが不具合は発見できなかった。つまり、A氏宅三度目と同様「よくわからない」状態だった。
このときの液体は、雨水と共に分析に掛けられた。ウーロン茶色の漏水は雨水と比較すれば多少鉄分が多いものの、鉄筋のさびと特定されることは無かった。管理組合は独自で他の分析機関にも依頼したが、分析結果は変わらなかった。
施工者は「漏水の原因となった可能性のある範囲すべてを補修する」と提案したが、管理組合がすんなり了承することは無かった。

【A氏宅で4度目の漏水】
その年の暮れ、A氏宅でまた漏水があった。
これまでと同様、施工者はすぐに現場に駆けつけて調査したが、「よくわからない」状態に変わりは無く、B氏宅と同様シート養生するのみで終わった。

【管理組合の反発】
A氏B氏をはじめとして管理組合は、これまでのような単純な目視調査ではなく漏水原因の根本的な調査を求めた。
これに対する施工者の回答は、漏水箇所の天井に点検口を設置した上で、
・ ドレイン部など浸入個所と疑われる部位で、着色水による水張り試験
・ 立ち上がり部分への散水試験
・ 散水後、赤外線撮影
という方法で調査させて欲しいというものであった。
この調査手法について説明を受けた管理組合には、それまでの経過の中で「屋根スラブのクラックを放置しておいて良いものか?」との疑問が浮上していた。にもかかわらず、施工者の提案は、あくまで「漏水」の原因を究明することを主眼としていた。
・ 雨水の浸入を食い止めることが出来れば、躯体にクラックがあったとしても漏水には至らない。
・ 漏水の原因はあくまで防水の不備にあり、躯体の問題とは別である。
また補修方法として、
・ 屋根スラブのクラックは下面からの補修が可能である。
・ 屋上全面にカバー工法を実施する。
を提案した。

区分所有者の中には建築関係者も少なからず含まれていたが、ご他聞に漏れず彼らが積極的に発言することはなかった。
管理組合は激しい混乱に陥った。実のところ、完成直後から外壁にクラックが見られ、施工者は補修に応じていたのだった。疑心暗鬼が働いて、もし外壁と同じくらいのクラックが屋根にもあれば、何度防水を補修しても根本的な解決にはなり得ないのではないかという意見が強くなって、気持ち的には「漏水は、スラブのクラックが原因に違いない」という方向に傾いていた。構造躯体の問題として訴訟提起を求める区分所有者も複数あり、「取り壊し建て替え」という発言まで出る始末となった。
更に、施工者がカバー工法という補修方法を提案したことが、スラブクラックの隠蔽が目的ではないかと更なる疑念を招き、防水層を全面撤去した上での調査を求める声も徐々に大きくなった。

【弁護士の意見】
この頃、管理組合は施工者との話し合いと区分所有者間での意見調整に疲れ果て、弁護士を介在させるようになった。
弁護士は、
・ 躯体のひび割れは、構造強度を保持できない程度に到っていなければ、漏水との関係で瑕疵に当たらない可能性が否定できない。
・ もし漏水ではなく躯体強度を問題とするのであれば、管理組合の費用負担で調査し、論拠を持って主張する必要がある。
・ 現状の防水層は、素人目にもひび割れや捲れが目立つことからすれば、「漏水は防水層の問題である」とする施工者の主張を直ちに覆すことは困難である。
・ カバー工法を否定し、漏水経路の検証を行なうことなく現状の防水層を撤去することは、どのクラックが漏水の元となったか特定できない恐れがある。
・ 施工者が、クラック調査を行なわないと言う意見で固まった場合には、これを覆す事は現状ではできない。
・ 訴訟提起するとしても独自調査を行なわない限り立証不足に陥る公算が高く、交渉より良い結果を得られるという保証は無い。
と分析した上で、
・ 梅雨までにカバー工法による補修を行なう必要性は高い。一旦防水を補修した上で、改めて漏水しないことの調査を行なうということも、選択肢としてありうる。
と意見した。

【強硬派の軸足】
管理組合の大勢は訴訟を否定していた。漏水不安の早期の解消を求めていたし、何よりも訴訟による資産価値の下落を懸念していた。だから、弁護士の意見に同調する向きも多かったが、強硬派の声は圧倒的に大きく、結局この弁護士は更迭された。
管理組合強硬派の軸足は、構造欠陥の疑いにあった。完成直後から外壁クラックが見られていた状況に加えて、最上階住戸の漏水が「躯体の施工不良」を強く匂わせたのだ。
敷地内空地や道路環境から、躯体工事の困難さは容易に推測できる。だから、強硬派たちがいう「シャブコン」の疑いはわからない訳ではない。それならそれで、調査手法が無いわけでもない。
しかしこの懸念は単なる「疑い」の域を一歩も出ておらず、建築工学的には構造欠陥を疑うに足る具体的な要素は無い。建築士の立場からすれば、躯体の施工不良を探すために調査するということには、大いに違和感がある。

【理事会の新方針】
管理組合の理事会は、混乱の極みにあっても一定の冷静を失ってはおらず、区分所有者の多くの心底にある「躯体に関する不安」を無視することは無かった。同時に、風評による資産価値の下落に対する配慮も忘れてはいなかった。
これまで寄り添ってくれた弁護士を更迭する羽目になった理事会は、早々に新たな弁護士を選任した。
強硬派と構造不安への対応を理事会単独で行なうには無理が大きすぎた。いずれも、論理性の中で乗り越えなければならないと判断したのである。

【新たな弁護士】
新たな弁護士は若く、しかしその分パワフルだった。かつて担当した建築事件の経験を生かすことは当然だったが、マンションの管理組合という新たなジャンルに対する意気込みは十分で、これまでの経緯を精査し、理事会との協議を重ねて、論理の構築という正攻法を選んだ。
管理組合が先の弁護士の意見を排除したことによって、施工者との話合いは一旦頓挫し、防水は補修できず、自ら求めた「漏水の根本原因を探る調査」も行なえず、結果的に躯体不安は残存したままだった。
「防水にしろ躯体にしろ建築工学的問題であって、疑心暗鬼かもしれない得体の知れない不安感が管理組合を右往左往させている」と判断した弁護士は、「漏水の根本原因を解明するための調査方法の立案」を、「構造躯体に関する瑕疵の可能性を否定しない」という条件を加えて、建築士に依頼した。

【建築士の動き】
竣工図書は、アルバム製本の状態で管理事務室に保管されていた。しかし同様に保管されている施工図との乖離が見られ、また意匠図と構造図との間にも乖離があった。つまり、建物の状況は、肝心のところがサッパリ掴めない状態だった。
施工者との関係は決して良好とはいえない状況に陥っていたから、資料提供を望めるわけが無い。
結局、ある程度は理詰めで検討していくしか方法が無かった。

漏水原因として考えられる限りの可能性を列挙し、それぞれについて真偽を判定する調査手法を検討し、レポートとしてまとめた。
建築士のスタンスの基本は、下記のとおり。
防水層があれば、基本的にはその防水層の端部に口が開いているかまたはどこかに孔が開いていて、これが雨水の浸入口になる。浸入した雨水は防水層の裏面に廻り、防水層と屋根スラブの間に空洞があればそこを流れ或いはそこに溜まる。そして躯体に孔があればそこから室内に流入し、ここで「漏水」となる。
雨水の浸入口は、多くの場合防水層にできた「穴」であり、室内への流入口は屋根スラブの「穴」であって、どちらか一方のみでは「漏水」とはならない。防水層が仮に破断していたとしても躯体が密実で穴が無ければ、雨水はスラブ上部に滞留するのみに留まる。
つまり本件建物には、【防水層に隙間が生じていることに加えて、屋根躯体に穴が生じている】のである。
実のところ、その一年ほど前に、施工者からも「調査要領書」が数種類提出されていたが、いずれも屋上からの調査に限定したもので、住戸内に立ち入るのは目視確認のみだった。
これに対して建築士のレポートは、「構造躯体に関する瑕疵の可能性を否定しない」という条件下で、住戸内天井の撤去を避けることは出来ないと判断していた。
建築士が最も大きな懸念としたのは、竣工図と施工図・或いは意匠設計図と構造設計図の相違で、
・ 屋根スラブについて、意匠図ではスラブ勾配であるのに対して構造図では増し打ちによる水勾配
・ 最上階の電気配線は、設備設計図では流しケーブルであるのに対して設備施工図では打込配管
など、屋根スラブ躯体に疑問を抱かせる点があった。それで、件のレポートに付された「調査フロー」には、「構造調査に移行する」というフレーズが散見された。

【施工者の反発】
建築士のレポートを受けて、施工者は、案の定大きく反発した。
コンクリート構造物である限りクラックは避けられず、勾配が十分であったとしてもコンクリート躯体だけで漏水を防ぐことは出来ない。漏水に関して、躯体の問題は二次的なもので、主な原因は防水にある。
うがった見方をすれば、論点を躯体からそらせたいとも受け取れる反論で、この姿勢が、管理組合の疑念を更に招いた。
施工者と建築士の協議は数回に及び、果てには施工者から「あんたらマンション知ってるんか」という発言まで飛び出す始末で、信頼関係の構築などとんでもないと言う雰囲気に陥った。同席している双方の弁護士が慌てて、早々に協議を打ち切ることすらあった。
実のところ、施工会社に、このマンション新築工事の関係者は誰も残っていなかった。引渡し後2年ほどで、アフターサービス部門に引き継がれたが、その担当者も既に3代目になっていて、結局この建物をよく承知している工事関係者が協議の場にいないという状況は、決して褒められたものではない。加えて、協議にはアフターサービス部門が複数名出席するものの、工事部は参加しないという体制で、隔靴掻痒たる状況が続いた。
彼らの言葉の端々に「構造躯体は問題にさせないぞ!」という意気込みすら感じさせた。

【強硬派】
強硬派は、兎に角建築士を自分達の味方に取り込むべく接触を試みたが、実現しなかった。弁護士に対しても様々な方面から加圧を試みたが、さすがに弁護士が屈することも無かった。
次第に、理事会と強硬派との溝は深くなり、怪文書が飛び、個人攻撃が見られるに到った。理事長夫人が強硬派リーダーとエレベーターに乗り合わせて、かごの隅に追い詰められたり、共用通路ですれ違う時に凄まじい眼つきで睨まれたりということもあった。
それでも理事長は毅然たる態度を崩さなかった。
そうこうするうち、焦り始めたのか、強硬派の一部が、施工者と直接接触を試みるに到った。
最初のターゲットは、アフターサービス部門の担当者だったが、次第に怯えを感じるようになり、看過できないと判断した本社は、顧問弁護士との協議を始めていた。あくまで「管理組合と話し合う」という姿勢を貫き、強硬派単独との交渉の席に付くことはなかった。
強硬派のこの動きの中、施工者と理事会は、調査と補修工事に向けた話し合いを中断せざるを得なくなった。しかし、施工者はそれとなく「問題部位については徹底的に補修する」という意向を匂わせる事は忘れていなかった。

【話し合い再開】
レポート提出から一年以上経過した頃、建築士にとっては極めて唐突に、話し合いが再開された。
再開後最初の話し合いには、管理組合の弁護士と建築士、そして施工者はアフターサービス部門に代えて工事部門を出席させた。いわゆる「本隊」で、既に現場代理人が選任され、現場事務所の設置を1週間後に控えていると告げた。施工者側の弁護士が出席していない理由が納得できた。
漏水調査について、引継ぎのような形でアフターサービス部門が行なった説明に対して建築士が指摘した不合理についても、現場代理人は、建築士と同感であるような意見を述べた。つまり、「構造躯体に関する瑕疵の可能性」を否定しなかった。

これまでのアフターサービス部門との話し合いが全く噛み合っていなかった状況に比べ、「本隊」とは阿吽の呼吸が通じることに、建築士は、ようやく前向きの動きを実感することが出来た。
そして弁護士は、これまでの話し合いとは全く違う雰囲気に、調査の有意性を予感した。

工事担当者と建築士グループの間で一瞬にして芽生えた信頼感をたよりに、現場乗り込みが始まった。
工事担当者は、現場所長を含めて2名。現場事務所には事務方もいて、修繕工事としては充分すぎる陣容である。
屋根からの漏水被害は、最上階の2戸に集中していた。この2戸では、随分以前に設置された点検口は開いたままだったし、天井クロスは剥がれ、シミができて、家具は隅に追いやられていた。居住者は極めてフツーの人達だから、住戸内のこのみすぼらしさは大きな負担だろうに、管理組合と施工者の話し合いが決着し、原因を解明した上で補修されるまでと、ご家族も納得で我慢していた。100戸以上ある中で、自分達2戸だけが被害にあっているという状況下、日々様々な不安に襲われるだろうに、この冷静な対応には頭が下がった。

【調査開始:屋根スラブ】
改修工事に先立つ調査は、建築士が作成したフローチャートに即して行なわれた。
その冒頭は「屋根スラブの水勾配の確認」だった。
竣工図と施工図、或いは意匠設計図と構造設計図に各種の相違が見られたが、最も大きな問題だったのは、「屋根スラブの水勾配が増し打ちに依っている可能性」だった。意匠図ではスラブ勾配が描かれていたが、軸組図のスラブ下端は水平で上端に水勾配がある。もし軸組図が正しければ、増し打ちConの荷重が構造設計で想定されたものかどうか、懸念される。(この懸念について、理事会は一応理解していたが、万一の場合の重篤さには敢えて注目していなかった節がある。究極のところ、この施工者がそこまでいい加減ではないだろうと思っていた、否、信じたいという処だったのだろう。)
原始的だが、素人である居住者にも理解できるよう、天井を撤去して屋根スラブ下面がフラットなのか勾配があるのかを確認することから始めた。
当然、「住みながら工事」には無理がある。担当者の仕事は漏水被害のあった2軒の仮住まい探しから始まり、引越し業者の手配、電話やNETの移設など、通常の引越しで家族が行なう作業のすべてに及んだ。
引越しは予想外にスムーズに進捗し、建築士が現場確認に訪れたときには既に天井の大半が撤去され、スラブ下端の水勾配が目視でも確認できた。大きな難問がひとつクリア出来、所長の顔には安堵の微笑があった。口では「なんぼなんでも弊社がそんな馬鹿をするはずないじゃないですか!」と言いつつも、「漏水はどうなの。馬鹿なことの骨頂じゃないの」と言われて返す言葉が「そらぁそうですね・・・」としか言えなかった彼としては、やはり「よかったぁ♪」というところだったのだろう。

中断前の協議で、施工者側は、漏水被害が報告されていない住戸についての調査は拒否し続けていた。
しかし、2戸について尋常ではない漏水があり、しかもその2戸の間には住戸が2戸存在しているという状況下で、「今漏れていないからといって、他の家に漏らないなんて保証は何処にもない・・・」という発想は、当たり前の心配である。所長は、建築士の申出を受けて、さも当然と言う風に「この棟の最上階住戸すべてに一旦天井点検口を設けて内部をチェックし、何も無ければ閉鎖してクロスを張り替えるという方法でよろしいですか?」と、こともなげに対応した。アフターサービス部門のあの頑迷はいったい何だったのだろう。

この頃から建築士は、施工者側の並々ならぬ意気込みを感じ始めていた。
実際のところ、施工者側の責任者は建築士たちに、それとなく「問題のあるところは徹底的に修理する!」という決意を何度と無く匂わせていたが、それが何処までのグレードなのかは読めていなかった。話し合い中断前の、木で鼻をくくったような協議は一体なんだったのか、という疑念も払拭できていなかった。
いずれにしても、相当な額の予算を前提としているのだろうとしか理解できていなかった。

屋根スラブ外周の吹付けウレタン(屋根上部は断熱防水)を撤去し、内面が顕わになった。
漏水した2戸のうち片方の住戸では、漏水のあった部屋のスラブ下面がテカテカだった。屋根面にルーフィングを何重にも重ねコテコテにコーチングしても漏水が止まらず、思い余った当時の担当者が「水中ボンド」を塗布したらしい。僅か3~4㎡程度だったが、撤去には数日を要した。
電気配管のエンドキャップと、そこから発したクラックに若干のエフロが見られたが、スラブ下面からは漏水浸入箇所の特定には到らなかった。

【調査:屋根面】
調査の中心は屋根面に移動した。
数年間に亘る補修で貼り重ねられたルーフィングは、一体何枚なのかわからないくらい厚く、コテコテのコーチングに手を焼きながら一枚づつ剥がしていった。元施工であり補修工事にも携わってきた防水業者の責任者はずっと所長に寄り添い、作業を手伝っていた。
何度補修しても功を奏しない補修に苛立った管理組合が、元施工の防水業者が今回の調査に関与することを拒否するという一幕があった。
そもそもドレイン廻りの納まりが奇異であることを指摘していた建築士は、この納まりで防水を適切に施工すること自体無理があると思っていた。それでも漏水したら、責任は防水工事業者に所在するという考え方は、容易に納得できるものではなかった。だから、黙々と作業をサポートする数名の防水業者の姿に、最初は胸が痛んだ。しかし、漏水事故はそれはそれとして、原因究明にひたすら向かう姿勢に徹する所長は、他となんらの区別をすることなく明るく快活に作業を指示し、防水業者はてきぱきと動いていた。遭えて口にはしなかったが、この所長と防水業者との間にある大きな信頼感が垣間見えた。

スラブを貫通して立ち上がる伸長通気管と樹脂製の脱気筒に、1000Paで放水試験が行なわれた。
伸長通気周囲の防水層は、通常は蛸足状のルーフィングを増し貼りするが、外見からはその施工が確認できなかった。脱気筒は、スラブにCon釘で固定する場合があるが、このスラブには電気配管が打ち込まれている。そもそも電気設備の設計図・施工図とも「流しケーブル」で、配管が内蔵されている事実は、図面からは察知できない。エンドキャップにエフロが見られたことからして、たまたま脱気筒を固定する釘がCD管を直撃したという可能性は否定できない。
いずれも、直下のスラブ面を内部から注視する作業員と逐一連絡しながら作業が続けられたが、室内には異常は見られなかった。
放水試験を終えた通気管と脱気筒は、次に、周囲にウレタンボードを立ててコーチングで接着し、つまり堰板を設けて夕方に10cmの水を貯水して、翌朝の作業開始時に水位の変化と室内状況を確認した。室内状況は天井を撤去した住戸でしか確認できなかったが、水位観察は、それ以外のすべてについて行なわれた。
結果的に、伸長通気も脱気筒も無罪放免となった。残るは防水層そのものである。

先に、「ドレイン廻りの納まりが奇異である」と書いたが、その内容に触れておこう。
住戸内部の真上にあたる屋根はアスファルト露出断熱防水で、その外周にはパラペットがあり、共用廊下とバルコニーの上部は跳ね出しスラブの庇でウレタン防水である。マンションの断面設計としては定番スタイルで、普通なら、屋根のパラペット下部に横引きドレインを設けて庇上部に排水し、これを竪引ドレインで竪樋に排水する。
が、この建物の場合、屋上と庇でスラブ段差が無いに等しい。
矩計図では、屋根スラブの水下は梁天端+50、庇水下は梁天端-50で、都合100mmの段差があるが、前者はドレインの納まり上必要な寸法だし、後者は水上では梁天端に近似してしまう。つまり、ドレイン位置では、内外のスラブに段差が無くなっているのである。案の定というか当然に、横引きドレインの横引き管はウレタン防水面に「置かれた」状態にしかならない。仮にドレイン付近の防水納まりが完璧だったとしても、庇上に開放された無防備な横引き管はあまりにも危なっかしい。

【漏水箇所はここや!】
漏水のあった住戸の上部にある横引きドレイン2箇所の周囲に、パラペット両側にまたがる堰板を設けて、水張試験を行なった。堰板内部に夕方注水した水位を翌朝確認したところ、目視でも解るほど下がっていた。
「ここや!」所長が叫んだ。
ストレーナを外し、ドレイン周囲を指触した。そして、防水層と鍔との取り合いに隙間が見つかった。メーカーの見解も「鍔と防水層の密着不十分」というものだった。
屋上のあちこちに散らばっていた防水職人達も集まってきた。ドレイン近くに立つと、ジュワッという感じで水が出た。前夜からの溜まり水であろう。
最上階住戸室内で確認したクラックに沿って、断熱防水を切断除去した。室内とほぼ同じ位置にクラックがあり、水を流すとたちまち住戸内に流れ出た。除去範囲を広げると、一定範囲から外側で、プライマーの色の変化が見て取れた。溜り水があったろう範囲は赤茶けた色合いだったが、周辺は黒々としていた。
数年に及んだ漏水被害のメカニズムは。ドレイン周りから防水層内に浸入した雨水が断熱層内に蓄えられて溜まり水となり、大雨や長雨によって溜まり水の水位が上昇してクラックに到達して、貫通クラックから室内に到ったものである。冒頭に書いた「ウーロン茶のような漏水」は、懸念された鉄筋の錆よりも、屋上補給水槽の付属品である工具容器の留め金の錆であろうことも判明した。

これ以降の調査は極めて大胆なものだった。屋根の棟から廊下側(漏水のあった側)すべてについて防水層を撤去したのである。この間雨が来なかったのは、天も施工者の意気込みに気圧されたのかもしれない。

こうして、防水は全域について補修された。
防水層を撤去した半分について一旦断熱防水を復旧し、その後、全域について再度断熱防水を施すという方法で、結局二重に断熱防水される結果となった。そして表面には、元は無かったシルバー塗装も行なわれた。
漏水被害のあった2戸の内装は、既存の仕様を踏襲して改修された。が、断熱性能を向上させ、調理器具を新調し、クロスにはAAを使用するなど、目立たない形でグレードアップが図られていた。仮住まいから戻ったご家族は、勿論大喜びだった。
施工者の意気込みはこれでは納まらず、漏水が報告されていない他の4棟についても、カバー工法で改修した。完成後9年を経過していたから、そろそろ修繕工事を準備しなければならない時期が到来してはいたが、4年目に発生した漏水が、いろいろ事情があったにせよ今まで補修できなかったことについての贖罪なのだろう。

【おわりに】
この改修工事には、現場事務所が設営されてから8ヶ月を要した。
この間、数度に亘り管理組合への説明会が催され、初期には施工者が罵声を浴びることもあった。しかし最後の説明会では、あれだけ喧しかった強硬派も静かになり、管理組合役員からは「ご苦労様でした」の言葉が出た。子供達は現場の人間にすっかり馴染み、行き交う奥様方は笑顔になった。
怒号が飛び交った話し合いは嘘のようになった。

最近の建築瑕疵は、大した協議を持たないままに事件化しているように思える。
建築瑕疵が建築事件になったら、住まい手や施工者はもとより建物も傷つき疲弊する。訴訟と言う手続を経て、仮に和解が成立したとしても、そこには必ずシコリが残る。

常に節度ある対応に徹しておられた管理組合・理事会・修繕委員会、そして大きな漏水被害を受けたご家族には、敬意を表して余りある。不案内な建築用語に果敢にチャレンジし続けた弁護士は、管理組合代理人としての職責を見事に果たされた。大きな予算を組んで事に当たった施工者は、請負としての模範を示された。建物に成り代わって、大きな謝意を表したい。

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