キクイムシ

古い友人Sさんから、久々に電話があった。折り入って相談したいことがあるという。数年前に自宅を建て替えたが、キクイムシが発生して酷い眼に遭っているらしい。

会って相談したいというので来て貰ったら、工務店のオヤジGが同行して来た。面持ちは一応神妙な感じだが、名刺交換しても視線を合わさず、椅子に座ってもテーブルには斜に構えていて、要するに不貞腐れている。

「本当にキクイムシなの?」
とGに尋ねると、
「薬撒いてんねんけど、・・・」
「どうやってキクイムシだと特定したんですか?」
「白蟻屋が言うとった」
「標本採取して見たんですか?」
「しとるかも知れへんけど、知らん」
「その白蟻駆除業者はなんと言ったんですか?」

・・・
話が遠いのでSさんが割って入った。
この家が出来てから6年、毎年Gが手配して薬をまいていたが、年が変わればまた発生するということを繰り返していたらしい。
しかし、昨年からGと連絡が取れなくなった。Sさんは、それまで来ていた駆除業者に頼まず、インターネットで知った薬剤の袋を家中にぶら下げて凌いでいた。
ところがある日薬剤の袋を見て?・・・「!」 中国で製造されて大きな被害を出した餃子事件の薬品名がはっきり書かれていたのだ。
Sさんは吃驚してすぐに薬剤を取り外したが、じゃぁどうすればよいのだと立ち往生し、相談に訪れることとなった。
ここまでおとなしく話を聞いていたGが、
「合板があかんかってん!」
またSさんが解説した。
Sさんの家は鉄骨造3階建で、本来なら準耐火建築物にしなければならず、そのためには室内の壁や天井に石膏ボードを使用しなければならない。しかしGはなぜか合板を用いてしまった。
虫害が発覚した1年目に、合板に問題があったことをGは察知していたようで、発生部位の合板を部分撤去して石膏ボードに張り替えるということを繰り返していたのだそうだ。
Sさん宅の工事時期は、シックハウス法施行時期と一致していたようで、Gが言うには材木屋が抱えていた在庫を流したらしい。
しかし南アジアで生産された合板だろうということ以外、何もわからなかった。

まずは害虫の特定を行なうため、専門家Zさんに調査を依頼した。木造間仕切りと天井の内部を点検するために、点検口を設置するようGに求め、現場に行くと職人が待っていた。Gは来なかった。
Zさんは、最初に小屋裏を見たいと言う。間仕切りや外壁に虫害が発生している事は、壁面に無数にある小さな穴とその付近の床に積もった黄な粉のようなもので確認できる。現状では小屋裏での発生が確認できておらず、被害程度を推定するために、まずは3階に天井点検口を設けた。
Zさんが脚立に昇って点検口から小屋裏内部を覗き
「野地板までやられていますね」
とつぶやいた。
手際よく顕微鏡などをセットして、手のひらに載せていた標本を暫定的に同定し、
「この口の形は、間違いなくアフリカヒラタキクイムシでしょう。」
Zさんが現場に来る前にSさんが数匹の虫の死骸を郵送し、あらかじめ予測していたものの、郵送途中で微細部分が破損していたので特定には到らず、そこを確認したらしい。
「外壁と間仕切壁で終わっていたらよかったのですが、野地板まで食われていますから、根絶するのは大変ですね。」
「大変と仰ると・・・?」
この虫は、薬剤で殺すことは出来なくない。
まずは虫の食材である広葉樹を出来るだけ広範囲に撤去し、撤去できない部位については薬剤を散布して、半年ごとに経過観察しながら対応していくのだそうだ。
しかしこれは、言い換えればやってみなければわからないという事。
「住む人間にとっての影響は?」
と尋ねると、
「殺虫剤ですからね、人畜無害と言うことはあり得ません。程度の問題だけです。」
とあっさり言われてしまった。
「・・・と、いうことは、壁と天井と野地板を全撤去・・・ですか・・・」
とつぶやいたのは、いつの間にか来ていた設計事務所M。
Gから建築確認だけを依頼されていた。
Zさんは
「私は害虫駆除が主たる仕事ですから商売にはなるのですが、これだけ大量の発生は珍しいですからね、本当のところやってみなければわかりません。もしかすると、2・3年やってみて、結果的には改めて全撤去するしかないと言うことになる可能性も否定できません。」
Sさん夫妻・M・立ち会った私達全員が言葉を失って立ち尽くす中、Zさんは
「大学の研究室と相談してみますが、多分この現場は、西日本最大の生息地でしょう」
と言い残して立ち去った。

それ以来、Sさんの相談にはGとMが同席することとなった。
Sさんは、夫人が気味悪いと言い続けていたことにあまり配慮してこなかったことを随分反省していて、早期に解決したい。
自分が住むのだったらと考えれば、私としても
「やってみなければわからない」
様な駆除方法を勧めることは出来ない。
Gは「Sさん。ワシ・・・買い取るわ」と言う。
Mは「Gさんひとりで被るんやのぉて、材木屋に責任取らさんと・・・」と言う。

Sさん夫妻は長年ここに住んでいるから、そう簡単に売却を考えることなど出来ない。加えてSさんの近隣は殆どが老朽木造家屋で、今生息している虫どもが移動したらひとたまりも無い・・・かもしれない。この責任感からもSさんは「この家を投げ出して転居することなど出来ない」と言う。
SさんはGに
「なぜ法律で決められた石膏ボードを使わずに合板を使ったんだ」
と何度も尋ねたが、Gはその質問には一切答えなかった。Sさんは、Gの順法意識の低さが生んだ被害ではないかと思っているようだ。
Mが「改修要領を作りました」と持参していた。
内容は、Sさんの疑念を払拭するようなもので、つまりは準耐火建築物に改修することと同義だった。
それならばと、
「この改修要領書に基づいた改修工事をGさんが行ない、Mさんが監理する」
という方法はいかがでしょう?と持ちかけた。
これにはMがまず反発した。
「Sさんが私を信頼して戴けるということはあり得ませんから、瑕疵補修工事の監理者としては私は適任ではありません!」
続いてSさんも「あなたがしてくれるとありがたいのですが・・・」

私としてはGの現場で監理する事は不可能だと思っていた。
Gと私の間には共通言語が存在しないかのような印象があったし、Gが、建築士事務所の監理の下で施工した経験があるとも思えなかった。ありていに言えば、Gが私の指示に従うという保証は何処にも見出せなかった。だから、Sさんの代理として現場を見ることは出来るが、その場合にはMが介在することが条件だと主張した。
Mは、「私が監理すると、瑕疵補修工事で瑕疵を生ずる可能性もありますよ」とまで言い、話し合いは一旦散会した。

Mが、監理者責任を問われることを恐れているのは明らかだった。だから、挽回できる良い機会に出来る可能性があると、その後もMを説得したが、あからさまに言う事は憚られたので、Sさんに、ここらで一度弁護士に相談してはどうかと持ちかけた。つまりは弁護士的手法でMに監理者として座ることを承諾させたうえで、GとSさんの合意書の締結に持ち込ませたかった。いずれにしろ、合意書作成に関与する事は非弁活動に該当しかねないから、時機は到来していた。

Sさんの大学の後輩である弁護士Yの事務所で話し合おうということになったが、Mから、Mの友人である弁護士Tの事務所ではどうかと提案があった。双方の弁護士が同席して話し合いを持つことは大歓迎だし、幸いにも弁護士YとTは事務所が同じビルであるということ、そして偶然にも私は弁護士Tとは知己であったので幸先の良さを予感した。

T事務所でこれまでの話し合いの経緯を確認した後に、T弁護士から「金銭解決したい」と提案された。
SさんはGの資金力を心配していて、だからこそ改修工事はGにやってもらうしかないと臍を決めていたが、Gが再び工事することに対する夫人のストレスを考えれば、多少我慢してでも合意するほうが良いかもしれないと思っているように見えた。

新築工事の際には書面による契約が無くつまりは口約束のみで、驚いたことに請負金額をSさんもGも覚えていなかった。それで、一般的な坪単価から構造コストを除外した金額をざっくりと想定し、「最低でも○○万を下回ることは無いよ」とGに伝え、弁護士Yが「仮住まいや引越しやその他の諸費用も相当な金額になりますよ」と付け加えたが、Gは無言でうなずくだけだった。

早速、馴染みの工務店に具体的な工事費を概算して貰い、Sさんは引越し費用などの見積を用意して、弁護士間で話し合いが持たれ、工事費に若干の値引要請があっただけで示談が成立した。金銭授受も、過日、約束どおり実行された。

建築紛争に関与して15年以上になるが、これ程すっきりした解決は初めてである。
SさんがGやMの前で訴訟を匂わせることは無かったし、Gは不貞腐れた表情を見せたもののMと同様逃げることは無かった。勿論罵声を浴びせることも涙を見せることも無く、後味の悪さは微塵もない。
これこそ、裁判外紛争解決手続きの理想ではなかろうか。

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